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2000年トルコ旅行記〈3〉

<世界遺産の木造住居を見にサフランボルへ>
サフランボルは、黒海近くの山あいの街で、トルコを周遊するのに入れるには少し交通の便が不便。でも、ユネスコ世界遺産にも登録されている、オスマントルコ時代の木造住宅群が残る村があるとのことで、今回、はずせない場所の1つとして予定に入れました。
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朝、6時半にホテルをチェックアウトし、タクシーで再びアタチュルク空港へ。今回はトルコ航空のフリーの国内線チケットを使って、アンカラまで飛び、そこからサフランボルへバスで移動します。
この日は朝早いため、ホテルの朝ご飯もまだ準備中。ヨーグルトとかチーズは並んでいたけれど、トルコパン『エクメック』がまだ調達できていなかったみたい。空港でチェックイン後、売店で食料を調達。が!桁が違うほど高い!う~む。パン2個で約400円。おいおい、昨日のお昼ご飯のキョフテ&サラダ&アイランより高いよ。教訓!空港内で食料調達するべからず。
(でも、飛行機の中でも機内食のサンドイッチが出たんですよね。スポンジケーキ付で。)


約1時間のフライトを経て、アンカラ空港へ到着。ここからアンカラ市内経由、アンカラのオトガル(バスターミナル、オトは車、ガルは駅の意)にHavas(ハバシュ)というサービスバスで移動します。

アンカラの街はさすが首都だけあって都会。でも、並木などの緑も多く、ポプラの木がちょうど芽を吹いたばかりでとてもきれい。新しい建物が多いし、新興住宅地といった感じでしょうか。

アンカラのオトガルでは、噂にたがわず、各バス会社のお兄ちゃんやおじさんが、客引きに躍起。
運良くすぐ出発するバスを見つけて乗り込みました。

私たちの座席は1番前の特等席!フロントの広~い窓から、春のアナトリアの大地を堪能できました。サクラのような花がたくさん咲いていたのですが、後で聞くところによると、アーモンドの花だったようです。

トルコの道路はとてもよく整備されているので、バスの乗り心地も抜群。で、サービス係の乗務員さんまですごい格好で眠り込んでいましたけど…。 
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途中、一度のトイレ休憩を経て、約3時間後にサフランボルの新市街へ到着。バスを降りるとさっそく周りにいた子供たちが、ものめずらしげに『ハロー』、と少し控えめに挨拶をしながら取り囲んできました。うーん、なんか素朴でいい感じ。でも、目指すは木造建築群の残る旧市街なので、さっそくタクシーを乗り継いで旧市街へ。

サフランボルでのホテルは、絶対古い家を改造したホテルにするんだ!と思って予約をしていなかったので、さっそくホテル探しを開始。
3-4件の小さなホテルを見てまわりましたが、安さとお部屋のかわいさ、おじさんの感じよさで、バス停前のHOTEL TERASに落ち着きました。

でも、改装したといっても、ほぼ原形に近い形で残されていて、天井や床も板張りで、床はなんとなく斜めっている、という味のあるお部屋です。窓のカーテン代わりの布や、オスマン時代を彷彿させるソファうに掛かっている白い布には、ホテルのオーナーの奥様の手作りのレース編の縁取りがあって、かわいいんですよ。
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そもそもこの村は、川で削り取られた谷合いにあって、冬の寒風をさえぎるので、主に冬の間の住居が多いため、家の壁も家畜の糞や土を混ぜたものを使っていて、保温性がとても高いということでした。

私達が泊まった日も、少し寒かったのですが、夜、ストーブで暖まった壁が朝になってもほんわか温かいような気がしました。 
 
そして、なんといっても面白いのがバスルーム。
一見クローゼットのような木の扉を開くと、その中にトイレとシャワーがついているのです!
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でも、その木の扉にカギなんて勿論ないし、ぴったり締まらなかったりするので結構恥ずかしかったりします(^^;少し高いホテルだと、その辺はもう少ししっかりしていたかもしれませんが、それも『良い味』と思って楽しみました。(ただ、シャワーを使うとトイレから何から全部びしょびしょになりそうだったし、ホテルのまん前にハマム(トルコ式銭湯)があったので、そちらを使うことにしました。ハマム体験はまた次回に。)

さて、サフランボルの街は5000年近い歴史があり、イスタンブールと黒海をつなぐ交易ルートの拠点として発展したそうですが、村に残る古い家の多くは18世紀から今世紀初頭に建てられたものだそうです。
その中の何件かの邸宅は、現在資料館として公開されていて、その当時の生活を再現した部屋を見せてもらうことも出来ます。

また、交易ルートにあったと言うことから、職人も多く集まってきて、今でも旧市街の一角では銅や錫製品を加工する加治屋さんの工房や、馬の鞍を作る職人さんの工房をのぞいたり出来ます。

世界遺産に指定されている割には、外国人観光客が余り多くないのでしょうか?おみやげ屋さんやホテルでも、英語が通じる率は結構低いのですが、それだけ素朴な地元の人たちが多く、子供たちも「ハローハロー」と人懐こく声を掛けてきたりします。
(子供たちはブロークンながらもちゃんと英語を話していて、トルコの英語教育、なかなかがんばってるのね?なんて関心しちゃいました。)
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それでも、トルコ人相手と思われる、お土産屋さんは結構あって、いたるところでレース編のテーブルクロスやカーテン、小物などが売られていて、お店の前ではお姉さんが針を動かしていました。そんななんとなくひなびた感じは、熱海か箱根かという感じ。私はひそかに『トルコの熱海』と名づけました。(
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テーマ : トルコ - ジャンル : 海外情報

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